私的「仮面ライダークウガ」論 Vol.15

第27話「波紋」/第28話「解明」

ライジングドラゴンフォーム登場編

['00/8/21 last up date]


第27話よりオープニング映像が夏バージョンに変った。オレンジ色の光の中、白いシャツを着 た少し俯き加減の空ろな瞳の五代雄介。以前の映像では五代の前に張り巡らされた有刺鉄線が「 世の中のしがらみ」を表現していたとの事だが、今回の体の正面でクロスさせた両手首は何を表 わしているのだろう。私的には「束縛」や「拘束」よりも「呪縛」のように見える。呪縛。クウ ガとして戦う事を自らの意志で受け入れた五代ではあるが、自分の感情とは裏腹に強化されて行 く体・・・「クウガ」と言う存在に呑み込まれ自分であって自分でない、そんな五代の内面を描 写しているような気がした。今回の映像は「カッコイイ」を遥かに通り越して思わずため息が出 るほど綺麗な仕上がりではあるが、どうも「五代雄介」のイメージではないように思える。桜子 さんもかなりSEXY系に寄ってしまい(^^;知的なイメージが薄れてしまっているのがすごく残念。

五代みのりの同僚で妊娠している恵子先生が「これから生まれて来る子供たちに明るい未来は あるのか」と問いかけながら、明るい世の中を作って行くのが自分たちの役目であると決心する 姿をエピソードの芯に据え、その一方で「未確認生命体」とすれ違ったものの「運良く」被害に 合わなかった奈々ちゃんの動揺ぶりや「(東京にグロンギが出没するせいで)店の常連さんが減 って苦しいんじゃないかな」と五代に語らせる事で、謎の未確認生命体が暗躍する東京に住む人 々の潜在的な混乱を表現したエピソード。独自のルールで殺戮を重ねるグロンギ族がいる「クウ ガ」の世界と「人を殺す経験をしてみたかった」と殺人を犯す未成年者が存在する「現代」はど こか歪んでオーバーラップし、私たちの生活は常に危険と隣り合わせであり社会情勢的にも不安 定な今、グロンギの存在は決して「ドラマの中の作り事」ではないと感じさせる。

そしてクウガの前に立ちはだかるバッタ怪人ゴ・バダー・バ。人間体に扮する小川信行の、ズ ・バヅー・バとの演じ分けが見事で観ていて楽しい。まるで双子のようにソックリな顔立ちなの に(二役だから当然だが ^^;)ツッ張ったやんちゃな坊やにしか見えない弟(ズ・バヅー・バ) とクールでキザな兄(ゴ・バダー・バ)と言う両極端をきっちり違う存在感で見せている。さす がにバダー・バに 変身ポーズをさせる脚本にはぶっ飛んだが、ポーズの構え方に余裕があって 五代よりカッコ良く見えたのには苦笑。赤いマフラーが風になびくカットが効果的にインサート され扱いが五代よりカッコイイ(爆)。やはり彼はクウガのライバルとなり得るキャラクター なのだろう。いつの時代も、ライバルは冷酷でキザでかつヒーロー抹殺のために炎のごとく闘志 を燃やすタイプが正統派

バッタ怪人を最強のライバルに据えたクウガ。バッタ怪人の存在は先輩仮面ライダーたちの象 徴とも受け取れる。このバッタ怪人を倒す事は先輩ライダーたちを乗り越え過去との決別と勝利 を意味するのだろうか。主題歌の意味深な歌詞といい、「仮面ライダー」と言う名詞を一切使わ ない脚本といい、あくまでも先輩ライダーたちを ライバル視しているとしか思えないのは私の 考え過ぎか(苦笑)。また、タイトルに使っているにも関わらず、作中に何故「仮面ライダー」 と言う表現が登場しないのかずっと気になっていた。私と同じ世代の人は「仮面ライダー」と言 うと 1号ライダーのような固有名詞を連想する。だが恐らくクウガでは文字通り「仮面で素顔を 隠したヒーロー」を意味する総称なのだろう。そう考えると一度も「仮面ライダー」と言う名詞 が登場しなくても納得出来る。

ゴ・バダー・バのインパクトに押されて若干印象は薄いが、ウミヘビ怪人ゴ・ベミウ・ギが設 定したショパンの「革命のエチュード」の音階を使った複雑な殺人ルールと、それをサブタイト ル通り解明する一条刑事の推理と博識ぶりは見事だった。長い間封印されていたグロンギ族が日 本語(現代リント語)を覚えクラシック音楽をたしなみピアノを弾く。フクロウ怪人はゲーテの 詩集を読んでいるようだったし、初期に登場していたズ族に比べゴ族は格段に知能水準が高くイ ンテリ揃いの種族 らしい。そのわりにフクロウ怪人の殺人ゲームは東京23区をアイウエオ順に 襲撃すると言う捻りのないルール だったが(爆)。恐らくこの「ルール決め」には毎回スタッ フ一同が頭を抱えている事だろう(笑)。今後どのようなルールが登場するのか楽しみである。


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